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電子書籍 蜜蜂と遠雷

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電子書籍-蜜蜂と遠雷
著者: 恩田陸
定価 ¥1,555(税込)
BOOKFANポイント: 86 pt
or
Tポイント: 72 pt (Yahoo!ウォレット決済利用時)

商品情報

出版社名
幻冬舎
eBookJapan発売日
2016年09月21日
対応デバイス
Windows  /  Mac  /  iPhone  /  iPad  /  Android  /  ブラウザ楽読み
電子書籍のタイプ
リフロー型
ファイルサイズ
5.9MB
関連タグ
小説・文芸  /  直木賞受賞作  /  幻冬舎単行本  /  幻冬舎ミステリー  /  電本フェス  /  幻冬舎 電本フェス
平均評価
(5)
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ブクレポ
4件

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蜜蜂と遠雷 OFF
恩田陸 OFF

内容紹介

俺はまだ、神に愛されているだろうか?ピアノコンクールを舞台に、人間の才能と運命、そして音楽を描き切った青春群像小説。
著者渾身、文句なしの最高傑作!3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。
「ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」ジンクスがあり近年、覇者である新たな才能の出現は音楽界の事件となっていた。
養蜂家の父とともに各地を転々とし自宅にピアノを持たない少年・風間塵15歳。
かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇しCDデビューもしながら13歳のときの母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳。
音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマンでコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。
完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。
彼ら以外にも数多の天才たちが繰り広げる競争という名の自らとの闘い。
第1次から3次予選そして本選を勝ち抜き優勝するのは誰なのか?

※本データはこの商品が発売された時点の情報です。

書籍一覧 > 蜜蜂と遠雷

ブクレポ  ( ブクレポについて

ニックネーム: ムーミン2号 投稿日:2017/05/20

神に愛でされし

当初は読む予定をしてなかったのだけど、本好きの同僚が借りて読んだら面白かったのでどうぞ、と薦めてくれて、読むことになった。


ピアノ・コンクールに挑む4人(栄伝亜夜:アーちゃん、マサル・C・レヴィ=アナトール、風間塵、高島明石)を中心に、オーディションから本選までの長い長い戦いが描かれている。


2段組み500ページ越え、なのでボケっとしてはいられないと(借りたものなので返却期限というものがあるのだ)毎日の読書目標を定めて今回は読んでみた。


クラシック音楽は好きだけど、ピアノ曲は積極的には聴かない(いちばん聴かないジャンルかも?)。ショパンも聴いた曲はいくつもあるけど、それが即興曲なのか練習曲なのか、はたまたバラードなのか前奏曲なのかも不明という体たらくだから、この本に出てくる曲のタイトルと音とが一致するのは四分の一もないかもしれない(幻冬舎のこの本のサイトから特設サイトに飛ぶと、各予選と本選のプレイリストがあるので、参考になる)。
第1次予選の課題曲であるバッハの平均律クラヴィーア曲集にしても、第1巻第1曲はよく知っているが、第2曲になるとすぐには浮かんでこなかったりする。モーツァルトのソナタ第12番のあの有名な旋律、と言われてもなぁ、と確認してみたら「なんだ」と聞いたことがあったりする。ベートーヴェンのソナタだって、ニックネーム付はそこそこわかるけど、第3番のソナタって、実は聴いたことがない。
ああ、曲を知ってたら良かったなぁ、その方が面白いだろうなぁ、と感じたのは、ジェニファ・チャンという女性コンテスタントがショパンの「英雄ポロネーズ」(この曲ならわかる)を弾いたのだけど、聴いていたアーちゃんが「この人らしい選曲だし、演奏だ」というくだりで納得することができたからだ。


ストーリーはまーちさんのレポをご参考に、といつもながらのズボラ・ムーミンとなって、全然関係のない感想をちょっとだけ(ちょっとが長いのもいつものことだけど)。


この本では各曲が「ピアノ・ソナタ第○番」とか、ニックネーム付きの曲なら「月光」などと表記されていて(「月光」とはベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番)、シロウトのワタシなどには実に分かりやすい。評論家の大先生など「ベートーヴェンの嬰ハ短調のソナタは」とか「モーツァルトのヘ長調ソナタはねぇ」などとのたまわれるので、それってどの曲? となってしまうのだが、それは避けられるので嬉しかったりする。
各曲の少し細かいつかみ、それを各コンテスタントがどう演奏するか、などもうまく表現されていて、その曲を聴いてみたくなる。今回特に聴いてみたいと思った曲は、バルトークというハンガリー(後にアメリカに亡命)の作曲家のピアノ・ソナタ。バルトークは常々「ピアノは打楽器だ」と言っていた、そしてそれを体現したかのようなソナタとなっているという。


幼い頃に3年ほど日本にいたマサルはその時にアーちゃんに連れられてピアノ教室に通ったのだが、このコンクールで再会する。彼は再会した彼女に恋愛感情を抱いているし、彼女も憎からずは思っているのだけど、それ以上には発展しない。
アーちゃんは塵とたまたまピアノ・セッションを行ない、その次の日(第3次予選)では人が変わったようになるほどの内的成長を遂げるだけのインスピレーションを受ける。天才少女の名をほしいままにしていた彼女は、母親が急逝すると表舞台から去ってしまっていた。このコンクールで復活できるのか?
明石くんは28歳という年齢で、家庭もあり、仕事もありでの挑戦だったが、コンクール挑戦と他のコンテスタントの演奏で得るものは多かった。音楽家として起つ決心ができたようだ。
「爆弾」塵くんは周囲の喧騒などどこ吹く風、といった様子で、とにもかくにもピアノを弾くのが楽しくてたまらない。何の機会であれ、ピアノさえ弾ければ大満足、特にいいピアノならご機嫌なのだ。彼の師はホフマンという世界的な存在だった。審査員が動揺したのは、ほとんど弟子をとらないホフマンが塵を弟子にし、亡くなる前に推薦状まで書き、塵を「ギフト」だと言っていること。他のコンテスタントのみならず審査員も激しく揺さぶられ、新境地へと導かれる。


多分、この4人をひとりずつもっと深く描くこともできたのだろうが、そうはしていないのがこの作品の一つの特徴だろうか、と思う。読者もコンクールの一聴衆で、ちょっと事情に通じている、というスタンスがいいのかどうかは読む側のお好みかもしれない。


もう一つの特徴は、恩田さんの音楽の捉え方で、演奏者がどこか高いところで、演奏している自分を客観的に見ていたり、演奏前からピアノの中、あるいは周辺に何かがいると確信して演奏にはいったり、演奏の向こうに自然が感じられる、と表されている場面がいくつもある。
そういう時に、観客を熱狂の渦に巻き込むような名演が誕生している。ただただ技巧的に完璧なだけでは本選まで残れない。そこにプラス・アルファの何かが必要なのだが、2次予選で落とされてしまった女ラン・ランことジェニファ・チャンはそこのところが分かっていないから落選した(ラン・ランは中国出身の世界的ピアニスト)。それをもっと考えるように、と審査員の一人は彼女を諭す。他のコンテスタントが世の中にラン・ランは二人いらない、という場面が2度あって、それもうなずける話だな、とも思う。
音楽の神が微笑むか、愛するかしてくれた演奏者こそが超がいくつもつくような一流の音楽家として認められ、驚きをもって迎えられ、あるいは反発されるのだけど、実は最も陶酔感にひたっているのは本人である、ということなのかな? 読みながらそれを何度か感じた。


三次予選に残った12名の内、韓国出身が4名もいるのだが、本選(内2人が残った)までは彼らは一顧だにされていないのも面白いというか、気の毒というか…。


音楽を文章で表現するのは難しいと思う。恩田さんもすごいとは思うけど、中山七里さんの『さよならドビュッシー』や『いつまでもショパン』でのそれは頭抜けていてそれにはちょっと敵わないかも(ただし、両作ともミステリーなのだが、ミステリーとしてはどうなの? と思う)。


目次を眺めるのも楽しい。クラシックの名曲が使われていたり(「ワルキューレの騎行」とか「春の祭典」そのほかいっぱい)、映画や(「ショウほど素敵な商売はない」「オーケストラ・リハーサル」「恋の手ほどき」「鬼火」etc.)「ずいずいずっころばし」なんかもある。それぞれが内容とリンクしているのは言うまでもない。


それにしても『蜜蜂と遠雷』というのはなかなかいいタイトルではないか。遠雷のシーンはごくわずかだが、亜夜(アーちゃん)が静かに佇んでいる中で遠雷の音を聞き、寒さとともに何かを感じて次のステージに向かう印象的な場面が思い出されるとともに、その前とその後ともいろいろと思い出させてくれる。
最早だれが一位でもいいと思ってしまう本選だが、結果については最後のページに載っている。全体の流れからいけば納得の順位だろうなどと、審査員でもその場に居合わせた聴衆でもない者が思ったりするのだから、魅力ある作品だったと改めて思ったりする。

ニックネーム: p-mama 投稿日:2017/01/12

文章で音楽を聴く

世界的ピアノコンクールとなりつつある芳ヶ江国際ピアノコンクールにエントリーした4人を軸に物語は進んでいく。

風間塵は天才ピアニスト。
世界的なピアニストである、ユウジ・フォン・ホフマンに彼のたたぐいまれなる才能を見出され、彼の推薦状と共に世にエントリーする。ホフマンに「狭いところに閉じこめられている音楽を広いところへ連れ出してくれ。」と頼まれるが、果たして解放できるのか?
ホフマンの推薦状にあった「彼はギフト」の言葉。
彼はすべての音楽家のギフトになるのか?

栄伝亜夜は天才ピアノ少女として華々しいコンサート歴を持っているが、あるきっかけでピアノから遠ざかってしまう。音大進学を強く勧められ、その便宜を図ってくれた浜崎学長に義理立てしコンクールにエントリーしたのだが、彼女は復活できるのか?

マサル・カルロス・レヴィ・アナトールは日系三世の母を持つ。彼は数ヶ月日本で暮らしたことがあり、実はその間に亜夜と運命的な出会いを果たしていた。
その後フランス・アメリカでピアノを学んだが、自分と亜夜、幼い二人を音楽の世界に導いてくれた綿貫先生と亜夜と再び邂逅することを夢見ている。このコンクールの審査員でもあるナサニエル・シルヴァーバーグに師事していて、彼の秘蔵っ子としてコンクールにエントリーしたマサルは、優勝できるのか?

そして、高島明石は年齢制限ギリギリの28歳でエントリーしたサラリーマン。
所帯を持って「生活者の音楽」を目指しコンクールに出ることを決意した。
音大まで進んだが音楽業界とその周辺の一部の人が持つ歪んだ選民思想に違和感を覚え、普通のところにいる演奏者でありたいと思っている。が、”本当は退路を絶って音楽に向き合うことが怖くて、ただ脱落したに過ぎないのでは”という気持ちと葛藤している。
果たして彼は「生活者の音楽」を奏でることができるのか?

遠雷は自然界にあるすべての音が驟雨のように降り注ぐ様であり、明るい野山を群れ飛ぶ蜜蜂は、世界を祝福する音符だそうだ。音楽は自然の中にある、ということか。

物語の中でマサルがいうように「普通の人が好む音楽と演奏家が表現したい音楽」はきっと違うだろう。私もこの中で知っている曲はメロディアスで有名なものだけ。
子供が音楽をしていたことで、演奏家として生きていくことの大変さも少しだけ知っている。コンクールの事情や人間関係も複雑な思いで読んだ。

それでも読んでいる間中ピアノの音が鳴り響くような感じがし、文章を読んでいるだけなのにメロディが聞こえてくるような幸せな気持ちになった。
決して扇情的に描かれた物語ではないのに、淡々と進んでいくコンクールの様子が本当のドラマチックを表していているように思えた。

ニックネーム: こたろう 投稿日:2016/11/08

題名がいまいち、伝わってこないけれど……

まーちさんも絶賛されていた、国際ピアノコンクールを描いた作品です。
作者の筆はあくまでストレートに音楽に挑む若者とそれを評価するという、困難な仕事を引き受けた審査員を描いています。


異形のとんでもない才能をもった登場人物が、いきなり登場して思いもかけない方向へ物語を引っ張っていく。見たこともない、聞いたこともないやり方なのだけれど、とても魅力的な存在。
そんな物語は、とても素敵な傑作になる要素がたっぷりと詰まっていると言えるでしょう。
人並ではない、才能のきらめきと、その大きさを持て余しながらも運命的に道を歩み始め、気が付いたらその足取りは早く、早くなり、疾走しているのにちっとも苦しくない。
読者はそのような自分とは異なる才能を、きらめきを見せてくれる登場人物が読みたいのだと思います。
ヒーロー然としたスカーフを首に巻いていなくても、恩田陸の描く物語のヒーローたちは颯爽としています。
この前に読んだ「チョコレートコスモス」は演劇のミューズに好かれた女性たちの物語でしたが、今回は国際ピアノコンクールという最高に高度で難易度の高い壁に挑む若者たちの姿を描いています。
くわしくはまーちさんのレポを参照していただきたいです。とても私にはあのように簡潔にわかりやすく、けれど作品の雰囲気や香りをそのまま切り取ってきたようなレポは書けませんので。
私にできることは、個人的な感想、印象をブツブツとつぶやくことぐらいです。


四人の主な登場人物を作者は設定し、その心の動きや動揺、悩み、そして成長していく過程を描いています。同時にピアノコンクールというお祭りの仕組みや過程をわかりやすく解説もしてくれているようです。
そして特徴的なのは、音楽という特殊な世界を言葉に置き換えるときに、恩田陸はけして大げさにならず、控えめに均質な表現で音を言葉に置き換えようとしてることだと思います。
例えに出すと貶すようで、気が咎めるのですが、例えば中山七里さんの作品で音についての表現はやはり大げさで、どうしてもだんだん強度を高める表現になっています。つまり強弱で、その大きさ、固まりをしめすというやり方だと思います。
それに対して恩田さんは、聞こえてくる音をそのままに等質な言葉に置きかえていこうと決意しているかのようです。だから物語が進んでいっても、その表現は嫌味に感じられないのだと思いました。


そして主な四人がそれぞれに抱えている過去や今現在の不安や問題もふくめ、とても身近な等身大の人間に思えること。
無邪気で天才的な、独創的な演奏をみせる風間塵。ラテン系でありながら素直な感性を交換度高い演奏で表せるマサル。一度天才少女としてデヴューしながら頼っていた母の死で、演奏という世界から逃げ出した過去をもつ栄伝亜夜。二十八歳と遅咲きの挑戦ながらその人柄が伝わってくるような温かい演奏を見せる明石。


目立っているのはトリックスター的な役割を与えられた少年(まさにあどけない少年という容姿も行動もその役柄を演じきっている印象がある)風間塵。かれはそれまで正規の音楽教育を受けたこともなく、自分のピアノももたず、最初の予選会には養蜂家である父の手伝いをした後に泥だらけの手で会場にやってくる。入賞したら買ってもらえるピアノを目当てに。
しかし彼はその少し前に亡くなっていたホフマンという偉大な音楽家の推薦状を携えていた。どころか信じられないことにホフマンの弟子だったという。
彼の演奏をどう聞き評価するか、が審査員たちのいわば与えられた課題となる。


そして一次、二次と審査は行われ、当然のごとく完成度は高い物のその内面に、芸術性、訴えに値する中身を持っていない演奏者ははじかれていきます。


上記四人のうち三人が本選、つまり最終審査に勝ち残りそれぞれに個性的な演奏を披露し、順位が決まるところで本作は終わるのだが、読み手もその過酷な審査につき合わされて必死に考え聞こうとする気分を味わうことができる。
音楽とは何か、という命題までひょっこりと姿を現しそうな気配があるのです。
最後のページにコンクールの最終評価、順位が載っていますが、やや意義ありというか私にはうなずけない物でした。本当にこの人が一位なの、と。


個人的には演劇という会話、言葉をやり取りする世界のほうが理解しやすかったために、チョコレートコスモスにくらべてその高揚感、雷に打たれたような(遠雷だと思っていたらいきなり目の前に落ちたような気分)にさせてくれる度合いはやや低かった。すべて私の素養、教養不足だと感じる。

ニックネーム: まーち 投稿日:2016/10/19

ブラボー!!!

この作品は、ひと言で言えば、国際ピアノコンクールの世界を描いた作品なのだが、コンクールの最中に、事件が起きるわけでもないし、コンクールの裏側のドロドロを描いた話でもない。

この作品の主な登場人物は、4人のコンクール参加者である。
高島明石(あかし)は28歳。応募規定ギリギリの年齢である。彼は音楽に対する気持ちをふっきるために、記念受験のような気持ちで、コンクールに応募した。
栄伝亜夜(えいでん あや)は20歳。彼女はかつて、「天才少女」と呼ばれ、コンサート活動をしていたのだが、13歳の時に、ピアノの指導者でもあり、彼女の身の回りのことを全てやってくれていた母親が急死し、突然襲われた喪失感から、コンサート会場から逃げ出し、そのまま、表舞台から姿を消してしまったのである。そんな彼女は、音大の学長・浜崎と出会い、今回のコンクールに出場することになったのだ。
マサル・カルロス・レヴィ・アナトールは19歳。母親は、日系三世のペルー人である。彼は、5歳から7歳までの3年間、日本に住んでいて、その時に、亜夜と出会っていた。彼に、ピアノの世界を教えてくれたのも亜夜なのだ。そんな二人が、コンクールの会場で、10年ぶり以上の再会を果たしたのである。
そして、風間塵(じん)は16歳。彼の父親は養蜂家で、世界中を移動しながらの生活らしい。彼は、偉大な音楽家・ホフマンの弟子で、彼の推薦状まで貰っているのだ。しかしそれは、審査員たちにとっては、信じがたいことだったのである。弟子をとらないはずのホフマンが、わざわざ出向いていって指導したなどということがあり得るのだろうか。そして、彼の演奏に関しても、評価が真っ二つに分かれたのである。しかし、そんなことまで、亡くなったホフマンは、彼の推薦状の中で、予測していたのだ。
そして、風間塵は、『ギフト』だというのだが・・・


この作品の素晴らしさは、私の筆力では、とても伝えられそうもない。
コンクールの参加者たちが奏でる音楽の向こう側に見えてくる、物語や風景。そして、参加者たちの、コンクールの期間中の、心と演奏の変化が、約500ページ、二段組みのボリュームで描かれていく。
参加者たちは、お互いの演奏を聴くことによって、一次予選・二次予選・三次予選・本選と進んでいくにしたがって、驚きの進化をとげていく。
特に、影響を及ぼしたのは、風間塵の存在である。ピアノを持っていないという彼の、型破りの演奏は、他の参加者のみならず、観客も、さらには、否定的だった審査員たちまでも魅了していく。


「天才少女の復活劇」という、好奇の目にさらされ、恐怖心に襲われていた亜夜の気持ちも、風間塵と出会い、彼の奏でる音楽を聴くことによって、どんどん変化していく。


音楽との区切りをつけようと思っていた明石も、音楽に焦がれ、切望する、自分の気持ちに気付いたようである。


マサルも、亜夜との再会、そして、風間塵という少年との出会いによって、ますます、天才性に磨きがかかったようだ。


そんな彼らの演奏や内面が、本人だけでなく、周りの人たちの目や耳を通して描かれていくのだ。そして、ホフマンが、風間塵のことを『ギフト』だと言った意味もわかってくる。


風間塵という少年は、まさに、「神様に愛された子ども」なのだろう。彼は、師匠であるホフマンと約束していた。「音楽を、広いところに連れ出してみせる」と。


コンクールというと、結果ばかりに注目していたが、そこに至るまでに、こんなに厳しい過程があるということを、初めて知った。


音楽の素晴らしさが、ものすごい迫力で伝わってくる、読めば読むほど惹き込まれていく作品だった。


読み終わって、スタンディングオベーションという感じである。
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