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本 鶴見和子・対話まんだら 石牟礼道子の巻

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本-鶴見和子・対話まんだら 石牟礼道子の巻
著者: 鶴見和子 (著)
石牟礼道子 (著)
定価 ¥2,376(税込)
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商品情報

出版社名
藤原書店
シリーズ名
〈鶴見和子・対話まんだら〉石牟礼道子の巻
発行年月
2002年 04月
ISBNコード
9784894342767
版型
--
ページ数
314P
平均評価
(5)
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ブクレポ
1件

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鶴見和子 OFF
石牟礼道子 OFF

内容紹介

自らの存在の根源を見据えることから、社会を、人間を、知を、自然を生涯をかけて問い続けてきた鶴見和子が、自らの生の終着点を目前に、来るべき思想への渾身の一歩を踏み出すために本当に語るべきことを存分に語り合った、珠玉の対話集。

※本データはこの商品が発売された時点の情報です。

目次

出会い―水俣へ/息づきあう世界―短歌/言葉果つるところ―もだえ神さん/人はなぜ歌うのか―いのちのリズム/近代化への問いと内発的発展論―水俣/「川には川の心がある」―アニミズム/四角い言葉と丸い言葉/「東京に国はなかったばい」/いのちの響き/アニマ―民衆の魂/国を越えるアニミズム/〈石牟礼道子に聞く〉白い蓮華、鶴見和子/〈対談を終えて〉み後を慕いて

著者情報

石牟礼 道子
1927年、熊本県天草郡生まれ。作家。谷川雁らの「サークル村」結成に参加。1969年講談社から、水俣病を世に知らしめた作品『苦海浄土』(現在講談社文庫に収録)を処女出版、第1回大宅壮一賞受賞辞退。「自主交渉」などの行動と表現で、水俣病問題に精力的に関わる。2001年度朝日賞受賞
鶴見 和子
1918年、東京生まれ。比較社会学専攻。津田英学塾卒業後、41年ヴァッサー大学哲学修士号取得。ブリティッシュ・コロンビア大学助教授をつとめたのち、66年にプリンストン大学社会学博士号を取得。論文名Social Change and the Individual:Japan before and after Defeat in World War 2(70年、Princeton Univ.Press)。69年上智大学外国語学部教授、同大学国際関係研究所所員(69~89年。82~84年同所長)を経て、89年定年退職。上智大学名誉教授。95年に南方熊楠賞受賞。1999年度朝日賞受賞

ブクレポ (レビュー)

ニックネーム: ムーミン2号 投稿日:2014/04/12

人類の末期(まっき)に生きているのか?

年にそう何回もは行かない高知県立美術館に、以前、何の展覧会だったか訪れた際に、18-19世紀あたりのヨーロッパの画家たちが美しい風景をいくつも残している理由が書かれていてビックリしたことがある。彼らは、近代化が進むヨーロッパにあって、次第に失われる美しい自然をキャンバスに残そうとした、というのだ。
詳しく読んだことがないので想像するのみなのだが、明治期以降、柳田國男や南方熊楠らの民俗学の巨星たちは、明治の近代化の波の中で、もしかしたら日本から失われつつある何かを探り、考察し、体系化しようとしたのかも知れない。


鶴見和子という社会学者が石牟礼道子という作家となした対談がまとめられている本書を読むうちに、そんなことを考えてしまった。


「魂」という何かを、感じたり、信じたり。
いや「魂」という言葉で表わさなくとも、何かに思いをこめて実行したり、全身全霊を傾けて取り組んだりした際、想定した以上の成果が得られたりとか…。
「アニミズム」は生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方であるらしいのだが(E・B・タイラーを起源とする)、それはいわゆる先進国では廃れてしまっているのだろうか。日本人にもこういう心の持ちようをしない人たちが多くなってしまったのだろうか。


「言葉」の限界を感じたことはあるか? 卑近な例で申し訳ないが、このブクレポを書いていると自分の思いをどうしてもうまく言葉で表現できないときがよ~くある。だから今まで使ったような言葉を使ってしまうのだから、表現が似たようなものになってしまう。けど、その時に悩んだことは、言葉としてレポに収まってしまうと、もうそれから飛翔しない。その自分の言葉の限界の先にあるものを表現しようとすれば、頭の中のイメージを何とか言語化するしかない。しかし、そのための自身の知識はあまりに少ない。自分の言葉の限界の先を表現することに努力していけば、そこらあたりも何とかなるのだろうか?


お二人の出会いのきっかけは「水俣」だった。それは単に社会学者が水俣へ行って患者に話を聞くというようなありきたりのものではなかった。そうであったならば、本書の対談を生むような深い魂の交流はありえなかっただろう。
この対談ではいろんなことを考えさせられた。上記のようなこともその一端なのだが、もちろんそれだけではない。数ページ読んではう~ん、と考え、また読み進んでは考え、という亀の歩みのような、しかし刺激的な読書だったけども、当然ながら十分な理解はできていない。目次の項目が左に示されているので内容の一部は伺われようが、日頃感じたり考えたりしていたこととリンクした時には、日頃のボンヤリ頭がフル回転したものだ。


現代という時代(対談があった2000年頃のことだが)は「言葉を全部、分析機にかけて切って捨てているような時代」で、言葉のいのちも衰えてきているという。何も言葉だけではないだろう。目に見える成果のみを追求するあまり、何かが悪なるものとして切り捨てられ、消し去られ、忘れられようとしているとここ数年とみに感じる。
若者の言葉使いやTVの変化、携帯やスマホを小・中学生までが持ち、小さい子の髪の毛まで染めてしまう親…。何がいけない? と問われてしかと理由は言えないまでも、どこかおかしいと違和感を強く感じる。けども、海にも地上にも、家庭でも子どもにも異変が起きている現代にあって、見過ごすことはもはやできなくなっているのは確かではないだろうか。異常気象が最早“異常”ではなくなっているのだから。


「人類の歴史はひとまわりして終わりに近づいている」と考えている人もいるようだ。個体に定命があるように、人類にも命尽きる時がくるだろう、いや、命尽きてもう一回やり直した方がいいんだ、なんて意見もあるようだ。
先の「3.11」の際、日本人の行動が世界に称賛されたけども、大地震と日本人の心性とをどう考えていこう? 科学的には起こるべくして起こった大地震かもしれないのだけども、別のフィルターを通すとまた別の考えも出てくるのはなぜだろうか?


石牟礼さんは、ワタシが若い頃『あやとりの記』という本で巡り合えた作家さんだが、それ以降、何にも触れずにきた。その『あやとりの記』も心洗われるような思いをした記憶以外は残っていないのだが、石牟礼さんの名を再び意識するようになったのは、池澤夏樹個人編集による河出書房新社の世界文学全集第Ⅲ期に石牟礼さんの『苦海浄土』が収められているのを知ってからだ。池澤氏が世界文学の中に唯一いれた日本の作品、というだけでも何か大きな意味を持っている作品なのだろう。残念ながら未読だけども、この対談を読むと、その作品が何を描いているのかをよーく考えないと表面上の理解に止まるのだろうと思ったので、これから読めばいいわけだ。


まとまりのないレポになってしまった。何せ考えがまとまっていないのだからしようがない。考えをまとめようとすれば、再読、再再読しなければならないだろうし、多分いつまでたってもレポできなくなるだろうから、未熟なままで残しておこう。
ただ、この対談の目的は「アニミズム」をどうとらえるか、にあり、それによって近代化論の再構築を図るきっかけとするものなのだが、一つだけ、大いに納得したことを紹介しておく。
「アニミズムといっても、地域によって多様である」ということ。遠野のアニミズムと水俣のアニミズムは同じではない。日本という一つの国に一様なアニミズムがあるわけではない。


最後に、柳田國男に会いに行った外国人に、柳田さんが言った言葉を紹介しておこう。
「外国からいろんな学者が来ます。だけど日本には二つの違う種類の人間がいるんですよ。一つは四角い言葉を使う人種、もう一つは丸い言葉を使う人種。外国の学者はみな四角い言葉を使う人にだけ話を聞いて帰るから、日本のことはさっぱりわからない。ほんとうに日本のことが知りたいなら、丸い言葉を使う人の話をお聞きなさい」
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