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本 フランケンシュタイン

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本-フランケンシュタイン
著者: M.シェリー (著)
森下弓子 (訳)
定価 ¥799(税込)
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商品情報

出版社名
東京創元社
シリーズ名
創元推理文庫 532‐1
発行年月
1984年 02月
ISBNコード
9784488532017
版型
--
ページ数
329P
平均評価
(5)
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ブクレポ
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ブクレポ  ( ブクレポについて

ニックネーム: ランピアン 投稿日:2012/07/01

人間には、知ってはならないことがある。

昨年、昭和四十年代を代表する名作アニメーション『妖怪人間ベム』の実写版がテレビドラマとして放映され好評を博したようだが、私はまったく観る気がせず、いまだに未見である。リメイクはオリジナルを超えられない、などという偏見からではない。それどころか、黒澤明の令名を畏れ、誰も『七人の侍』のリメイクに挑まない現状は馬鹿げているとさえ思っている。

だが、『ベム』に関しては別である。オリジナルとの比較云々ではなく、作品の核ともいうべき部分が失われているに違いないからだ。それは「人間は邪悪な存在である」というテーゼである。これがなければ背骨を抜かれたも同然、観る価値はない。

主人公である三匹の妖怪人間は人間に憧れ、あの有名な台詞「早く人間になりたい」を信条として放浪の旅を続けている。だが現実には、劇中で三匹が出会う様々な男女のなかには、彼らがそうと思い込んでいるような素晴らしい人間などいはしないのである。登場する人間たちは(子供を除いて)積極的な悪人か、小市民根性丸出しで三匹を忌避するエゴイストに過ぎない。

そもそも三匹が戦う怪物や亡霊にしてからが、人間の邪念や悪行が産み出したものなのだ。第二話『死びとの町』では、冷酷な町の女たちに見殺しにされた浮浪者の怨念が当の女たちに乗り移り、『恨みの鏡』では、両親に監禁され非業に死んだ娘の恨みの念が鏡によって実体化し、人間を襲う。

つまりは人間こそが真に化物と呼ぶにふさわしい存在なのであり、人間になりたいと願う妖怪が人間よりも人間らしいというこのアイロニーこそ、本作品を不朽の名作たらしめたのである。「人間」とは生物種の名ではない。それはひとつの運動、「絶えず人間になろうとする運動」以外のものではないのだ。

だが、何事もポジティブが良しとされる現代にあって、こんなペシミスティックな物語が受け入れられる道理がない。Wikipediaなどを読む限り、やはりテレビ版はオリジナルよりはるかに「人間的」なストーリーであるようだ。人間認識を甘くすることが良心の証だと勘違いしているクリエイターばかりのご時勢だから無理もない。やはりリメイク版は観ないほうがよさそうである。

勝手な推測ではあるが、恐らくこの『ベム』にインスピレーションを与えたのが、SF及び怪奇小説の古典である本作ではないか。ストーリーはいまさら説明するまでもなく、生命を創造することに憑かれた若き天才科学者フランケンシュタインと、彼によって生を享けた、醜いが人間以上に人間らしい怪物が辿る数奇な運命の物語だが、ベムたち三匹も人間の手で創られたことがあの有名なオープニングで暗示されているから、この推測も強ち間違いではなかろうと思っている。

無政府主義の祖ウィリアム・ゴドウィンを父に、女性解放運動の先駆者メアリ・ウルストンクラフトを母に持ち、ロマン派の巨星パーシ・シェリーの妻であったメアリ・シェリーは、有名な「ディオダディ荘の怪談談義」を契機に書き上げた本書ただ一作によって、文学史にその名を留めることになった。このゴシック小説には、今日の世界にまで通ずる数多くの魅力的な主題が含まれていたからである。

まず副題の「現代のプロメテウス」が示すように、人間が自ら創造した技術を制御しきれなくなるという、今日の原発問題にまで至る人間と技術との悲劇的関わりを予言したものとも、「知る」ことへの欲望を止める術を知らない科学の暴走を戒めたものとも読むことができる。人間には知ってはならない、知るべきでないことがあるという命題ほど、現代人が肯んじえないものもあるまいから。

また、聖書の創造譚との関係も指摘できる。アイザック・アシモフはフランケンシュタインと怪物との関係を、創造者たる神と人間との関係に読みかえ、「フランケンシュタイン・コンプレックス」なる言葉を生んだ。

さらに、十九世紀という時代を象徴するかのごとく、フランケンシュタインの怪物を「大衆」のアナロジーとして読み解いた論考もある。このように驚くほど多様な読みを許す点において、本書はたんにSF小説の嚆矢というに止まらない、まさに古典中の古典となったのである。

ところで、『フランケンシュタイン』がこれほど有名になったのは、ひとえにボリス・カーロフが怪物を演じたユニバーサル製作の映画によってであるが、そこでは原作が秘めた多彩な寓意はほぼ削ぎ落とされ、専ら怪奇映画としての部分に力点が置かれていた。原作にほぼ忠実な映像化作品として群を抜いていたものといえば、ケネス・ブラナーが名優ロバート・デ・ニーロを怪物に起用して撮った1994年版であろう。

博士による怪物の製作過程のリアルで迫力ある描写もさることながら、原作に加えられた微細な変更が、原作の主題を見事に浮き彫りにしている。そして何より、異形の者を容れることのない社会の酷薄さが惻惻として身に迫る。『ショーシャンクの空に』で知られる名脚本家フランク・ダラボンの手腕が光る一本だった。

映画のラストシーン、救いの手を拒否して氷の海に消えていく怪物の、搾り出すような最期の言葉が忘れがたい。それは『妖怪人間ベム』の主題と見事に呼応していたからである。それはこういう台詞であった。
「人間は、もう沢山だ。」
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