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本 コンビニ人間

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本-コンビニ人間
著者: 村田沙耶香 (著)
定価 ¥1,404(税込)
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商品情報

出版社名
文藝春秋
発行年月
2016年 07月
ISBNコード
9784163906188
版型
127×188mm
ページ数
151P
平均評価
(4)
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ブクレポ
4件

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村田沙耶香 OFF

この商品について

第155回芥川賞受賞作

内容紹介

36歳未婚女性、古倉恵子。
大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。
これまで彼氏なし。
日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。
ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、そんなコンビニ的生き方は恥ずかしいと突きつけられるが…。
「普通」とは何か?現代の実存を軽やかに問う衝撃作。
第155回芥川賞受賞。

※本データはこの商品が発売された時点の情報です。

ブクレポ  ( ブクレポについて

ニックネーム: ムーミン2号 投稿日:2017/08/18

3つの疑問

芥川賞受賞作にはあまり、というかほとんど興味がわかなかったのだが、『コンビニ人間』については少し、気になっていたところ、先日darklyさんのレポを読んで俄然興味がわいてきて、あるところからお借りして読んでみた。


既にまーちさんのとってもわかりやすいレポもあるので、改めての粗筋などはカットして、気になった点を少し。


ワタシがこの小説で気になったのは次の3つ。
<1>白羽 という男
自分は他人とは違う地位にいるくらいに思っていながら、金を含めすべてにだらしなく、就職もできず、(コンビニでの)アルバイトも一通りもできず、ストーカーまがいの行為、非社会的行為も臆面もなく行う。力のある、カッコイイ男は集団の中で人気がありモテて、集団一の美女を得ることができるということに異様なまでの嫉妬心を持ち、それはすなわち縄文時代から現代まで何一つ変わっていないんだという理論をふりかざす一方で、自分を守るためにはさっき言ったこともすぐに覆すようなどこをどうみてもダメダメ男。古倉恵子がいわゆる普通の女性でないようであることをいいことにパラサイトを決め込むが、それも自分の保身のため。
どうしてこんな登場人物を配したのか? 配さなければならなかったのか?
<2>古倉恵子の生き方
コンビニのマニュアルを完璧に体現する人間、のように描かれていながら、本当にそうなのだろうか? という疑問がわいてくる。白羽に無理矢理コンビニを辞めさせられ、就職のために面接に向かう途中で入ったコンビニでの目の覚めるような鮮やかな商品配置は、18年間のコンビニ・アルバイト人生で培ったものの成果に他ならない。それもマニュアルだ、と言われればそうかもしれないけど、事実そこの店員は商品配置もちゃんとできていなかったのだから、じゃぁマニュアルって何なんだ、ということにまでなる。読み込んで、使いこなせて、更に応用できてこそのマニュアルじゃないんかい! とまで思うのは行き過ぎだろうか?
<3>何が普通なのか
もちろん、彼女がごく一般的な女性かと言えば、そうでないように描かれている。対比させられるのは彼女の妹(既婚、子どもがいる)であり、ちょっとつきあいのある大学時代の同級生(ほとんどが結婚して子どももいる)であり、またコンビニで一緒に働く店長やスタッフであるのだけど、古倉が白羽と一つの部屋に同居していると聞くや否や、妹は涙を流して喜び、昨日まであなたと私は別人種という態度だった同級生は、やっとこっちの仲間になったか、とはしゃぎ、本来マニュアル通りに商品を並べ、売れ筋を強化すべき時に、二人の噂話で時間をつぶすコンビニ店長とスタッフは果たして「普通」なんだろうか? という疑問が沸き起こってきても仕方ない。


気色悪い白羽については、<2>や<3>を描くための材料のようにも感じるが、あまりに気色悪くって吐き気を催すほどに描かれているその描き方は秀逸(なんのこっちゃ?)。


ワタシ個人としては、人間は良くも悪くもとにもかくにも「わからない」存在だと思っているので、何千・何万年とかけて作り上げてきた「普通」でさえ何をもって「普通」だなどと胸を張って言えるのかははなはだ疑問なのである。
そうすると、縄文時代にまでさかのぼる白羽とさして思考は変わらないじゃないか、ということになり、ああ、自分も気色悪い人間なのかもしれないのだなぁ、とあらぬ方向へ考えは彷徨ってしまう。


五十数年生きてきて考えてみるに、自分が自分をどういう人間だと思っていたのかは年代によって様々だ。先のレポで「ぼっち街道」まっしぐらだったと吐露したけど、「ぼっち」じゃダメじゃんといろいろやってみたり、「ぼっち」でいいじゃんと開き直ってみたりの繰り返しだったようにも思う。だから「ぼっち街道」まっしぐらだったのだ、と今頃わかったような気がする。


『コンビニ人間』から派生した思考はあらぬ方向へ行ってしまった。Darklyさんが言われるように、いろいろな読み方ができる、としてこの変な回想も許容範囲に納めてもらいたいものである。


ワタシのような世代の人間には、コンビニは異世界である。セブン・イレブンが近所にできた頃(40年以上前、広島県の福山市での話)、営業時間が朝の7時から夜中の11時までであったことにさえ異常性を感じてしまったほどだ。
と言っても分かってはもらえないだろうけど、そんな早朝から深夜まで営業している一般的な店などどこにもなかった時代だから、異常と映ったのも仕方あるまい。夜の7時、8時には通りは真っ暗で、正月三が日に買い物なんて常識外のことだった(だから年末はすさまじく買い込みをしていたので、デパートなどには人が溢れていたのだ)。
今や24時間・365or366日営業は当たり前であり、それが「普通」になっている。コンビニは高かろう(わりと最近まで定価販売だった)不味かろうは当たり前だった(何が“コンビーニエンスだ!”と突っ込みたくなった)のが、今や味と値段を競うようにまでなり、それが「普通」になってきている。
それも人間が思う「普通」が変遷したのであるからには、「普通」を標榜することがいかに刹那的であるかが伺えるのかも知れない。
こんな人間だから、今でもコンビニには少し入りにくい。古倉がコンビニの音に安心感・安堵感を覚えるのと逆の作用がワタシにはあるようだ。


過去のいくつかの芥川賞受賞作ばりの意味不明文章になってしまったので、もう、終わろう。ムダに長くなっちゃった。

ニックネーム: darkly 投稿日:2017/07/29

いろいろな読み方が

芥川賞受賞の有名な小説で既にまーちさんとこたろうさんがレポを書かれていますので、若干気が引けますが、素晴らしい小説だと思いましたので感じたことを中心に書こうと思います。

ストーリー自体は内容紹介でほとんど済んでしまうほど、主人公の日常を描いているだけですが、読みながらこの小説は色々な読み方ができるのではなかろうかと思いました。


まず、現代風刺の側面。主人公は自分はコンビニの部品であると認識していますが、思い出すのがチャップリンの「モダンタイムス」。人間を歯車としてしか認識しない資本主義や機械文明を批判した作品です。


この小説では実は逆に書かれているのではなかろうかと。つまり現代社会では、常になにかの部品であることに安心感や充実感を人は求めています。主人公はコンビニの部品であることに安心感を覚えており、それを妹をはじめ周りの人間は普通ではないと思っています。


しかし、結局、他の人たちも社会の中である部品を構成することに安心感を覚え、それが普通だと思っているに過ぎません。違いはマジョリティであるかマイノリティであるかの違いだけで。


上記は、普通にこの小説を読んだ場合ですが、最初の数ページ目に「コンビニ店員として生まれる前は・・」という表現があります。これを見たとき、星新一のショートショートっぽいなあと思いました。
小説の題名もそういえば星新一の文庫本とかにありそうな名前だなあと。


もし、この小説をSFとして読めばどうだろう。主人公はAIを備えたアンドロイドだとしたら。主人公は小さい頃から情緒的に普通の人々と違っており、それが軋轢を生じさせることもしばしば。
人間はふつうその情緒について学んで社会性を身につけていきますが、主人公はその情緒は分からないまま、「こういう場合はこういう反応をすれば周りから変に思われない」というだけのロジックで行動を学んでいきます。なんかアンドロイドっぽくないですか。


その他にも、食事は餌と呼び、ただ茹でた野菜と肉を食べるとか、人間的ではないことが沢山できてきます。普通の人間なら怒るような場面でもまったく何も思わないとか。


近未来のアンドロイドと人間が共生する社会の話と思うのは明らかに想像しすぎですが、AIが不気味に発達していっている現代では、AIと人間の違いは何なのかというブレードランナー的な世界が近づいているような気がします。


その他にも、音に敏感だとか妙なこだわりがあるところなど、ちょっと自閉症スペクトラムのようであり、また他人の感情が全く分からないようなところがサイコパスのようでもあり、そういう人の生きづらさを描いた作品にも読めるような気がします。


いずれにしても、文句なしの傑作であることは間違いないと思います。

ニックネーム: こたろう 投稿日:2016/11/26

社会の「部品」になりたがる人

遅ればせながら、芥川賞受賞作品「コンビニ人間」を読み終えました。
複雑な読後感が残りました。
まーちさんが書かれているように、とても読みやすいです。独善的でも独りよがりでもなく、読者が共有できる言葉で作品世界が作り上げられています。当たり前のことではあるのですが、最近の「文学」と称する一部の作品はそのあたりを無視したり、拒絶している感があったもので。


主人公の一種特異性が作品のテーマであり、それは翻って普通と意識しているその他の人たちの「普通」がいかなるものなのかを逆に照射してくるようです。


共感や感情に乏しい、親族も含め彼女を気遣ってくれる人たちのいうことが感情として理解できにくい女性古倉恵子、自分の居場所をマニュアルで制御できる小さ目な(例えていえばガラスの水槽のようなコンビニエンスストアという世界に見つけ出して、彼女としては過不足なく暮らしていたのですが、それが知り合いからは不快というか普通に戻したい(と普通の人は思うわけで恵子は戻るわけではなく、ある種の変容をその場合遂げなければならないのですが)圧力をかけてくるわけです。


そこへ新しい店員として実務能力は皆無ながら、他人を自分とは異なるという一点で(どこかにそんな評価点を設定して見下さないと生きていけない)白倉というこれも欠陥人間がやってきて物語は動き出します。
いわばコンビニという狭い世界を見つけ出して定住している普通でない主人公が、もっと大きく欠落し、はみ出している同業者をみつけ出してしまって、ほうっておけなくなり、かなりの問題児である彼を自宅に引き取り暮らしだすという、驚きの行動をとります。


独身のいい年の女性が一人暮らしをしているよりも、男性と同棲しているほうが世間体がよくて容認されやすいという皮肉な結果を恵子は喜んで受け入れます。
コンビニという水槽だけでは足りずに、同棲する男性という器を、新たに手に入れて喜んでいる風です。


彼女の私生活が白倉を導き入れたあたりから語られ始め、コンビニの部品になりたいと思っているように、その暮らしぶりはかなり奇妙で簡素です.
食事がいい例で温めた温野菜を口にするだけ、味気なかったら醤油をたらすという具合で、まるで燃料や潤滑油の補給のようにも見えてきます。


「普通」を掲げて大手を振ってあるく人々を異なった角度から光を当て、その不気味な相貌を浮かび上がらせるような手法は、とても効果的に作用しているように思われます。
ただその先にあるものは何なのかなと、不安も感じるのですが。


そして個人的にはこれが芥川賞を取るのかと、やっぱり複雑な感想が残ったのでした。

ニックネーム: まーち 投稿日:2016/08/06

“普通”と見られるための苦痛

古倉恵子は、“普通”の人たちから見たら、理解できない子どもだった。公園で死んでいる小鳥を見つければ、「これ、食べよう」と言い出す。恵子は、父親は、焼き鳥が好物だし、自分と妹は、唐揚げが大好きなのだから、喜ぶと思ったのである。
小学校で、男子がけんかを始め、「誰か止めて」という声が聞こえれば、用具入れのスコップを取り出し、その男子の頭を殴った。恵子は、止めろと言うので、一番早そうな方法で止めただけなのである。
ヒステリーを起こしている女性教師に対し、「やめて、先生!」という声が聞こえれば、その先生のスカートとパンツを勢いよく下ろした。恵子は、大人の女の人が服を脱がされて静かになっているのを、テレビの映画で見たことがあったのである。
そんな彼女の扱いに、家族が困っているのを見て、恵子は、皆の真似をするか、誰かの指示に従うか、どちらかにして、自ら動くのは一切やめたのである。


そのまま成長した彼女は、大学生になり、新しくオープンするコンビニで、バイトを募集しているのを発見する。そのコンビニで働くことになった恵子。そのとき、初めて、彼女は、「世界の部品」になることができたと感じたのである。世界の“正常な”部品としての彼女が誕生したのだった。


彼女は、大学を卒業しても、コンビニのアルバイトを続け、気が付けば、18年が経っていた。食事は大抵、コンビニのもので済ませ、彼女の身体は、コンビニの食料でできているようだった。
そんな彼女の前に、白羽という、新入りのアルバイトの男性が現れる。彼がコンビニで働く目的は、婚活のためだと言う。そんな彼は、客の女性にストーカーまがいの行為をしはじめたため、クビになってしまったのである。
しかし、ひょんなことから白羽と再会し、彼の事情を聞いた恵子は、婚姻届けを出さないかと提案したのである。さらに、恵子のアパートで、一緒に暮らすことになり・・・


恵子の提案は、白羽を、恋愛の対象と考えてのものではない。二人は、全く違うタイプだが、“普通”であることを要求されることに苦痛を感じるという点で、共通していたのである。大人になったら、就職し、恋愛をし、結婚し、子どもを産む。周りは、そんな“普通”を求め、それができない人間は、排除されてしまうのだ。


別に、恋愛関係になったわけではないのに、男性と暮らし始めたと言うだけで、周りの反応が、全く変わる。どうやら、周りは、彼女が、“普通”になったと思い、喜んでいるようなのである。周りが喜ぶなら、それはいいことなのだと、恵子は思ったのだが、やがてそれは、本当の自分ではないと気付いたのである。


冷えた飲みものを最後にとってレジに向かうお客が多いとか、掌やポケットの中で小銭を鳴らしている人は、煙草か新聞をさっと買って帰ろうとしている人が多いとか、アメリカンドッグを包む前には、手をアルコールで消毒するとか、そんな、細かい描写は、今でもコンビニでバイトをしているという、村田さんならではだろう。


最近の芥川賞作品の中では、ダントツで読みやすく、面白い作品だった。
完璧なマニュアルがあるコンビニで働くことでしか、本当の自分でいられない女性や、“普通”であることから逃げ続ける男性の姿を通して、“普通”とは何なのかと、考えさせられる作品だった。“普通”を求めることは、時には、暴力になっているのかもしれない。
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