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本 わたしを離さないで

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本-わたしを離さないで
著者: カズオ・イシグロ (著)
土屋政雄 (訳)
定価 ¥864(税込)
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商品情報

出版社名
早川書房
シリーズ名
ハヤカワepi文庫 51
発行年月
2008年 08月
ISBNコード
9784151200519
版型
--
ページ数
450P
平均評価
(4.5)
: 8件
: 9件
: 1件
: 0件
: 0件
ブクレポ
12件

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カズオ・イシグロ OFF
土屋政雄 OFF

この商品について

”残酷な運命に翻弄される若者たちの一生を感動的に描き、世界中で絶賛された、ブッカー賞作家の新たなる傑作。解説:柴田元幸

内容紹介

優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。
生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。
キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。
図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度…。
彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく―全読書人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。

※本データはこの商品が発売された時点の情報です。

著者情報

カズオ・イシグロ
1954年11月8日長崎生まれ。1960年、五歳のとき、海洋学者の父親の仕事の関係でイギリスに渡り、以降、日本とイギリスのふたつの文化を背景に育つ。その後英国籍を取得した。ケント大学で英文学を、イースト・アングリア大学大学院で創作を学ぶ。一時はミュージシャンを目指していたが、やがてソーシャルワーカーとして働きながら執筆活動を開始。1982年の長篇デビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年発表の『浮世の画家』でウィットブレッド賞を受賞した。1989年発表の第三長篇『日の名残り』では、イギリス文学の最高峰ブッカー賞に輝いている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

ブクレポ  ( ブクレポについて

ニックネーム: darkly 投稿日:2016/11/26

衝撃

ニックネーム: たむやん 投稿日:2016/01/09

何のために生きるか

僕は何のために生きているの?
ある日、小学2年生の息子に訊かれました。


もしこれがこの作品の主人公たちならば、明確に答えることができます。
他人に臓器提供するために生きているのだと。


1月にドラマ化されるとのことで、書店で見かけて衝動買いし、年末年始にかけて読みました。
読み終わった後も内容が頭から離れず、何度も読み返した作品は久しぶりです。


この作品についてはすでに多くの優れたブクレポが書かれていますので、
あらすじに触れることは避け、個人的な感想のみを書きたいと思います。
上手く文章にする自信がないのですが。。。


静謐な文章を読み進めていくうちに、清水玲子さんのマンガ『輝夜姫』が脳裏をかすめました。
『輝夜姫』にも臓器提供を目的としたドナーが登場しますが、彼らは全て大国の王族や著名人、政治家やその後継者たちの身体のスペアとして誕生したクローンです。
そして臓器提供の結果命を落としても、本体の意識を乗っ取り、本人として生きてゆきます。
いわば運命に抗う、闘うドナーたちです。


しかしこの作品のクローンたちは唯諾々と自分の運命を受け入れ、提供者、あるいは介護人として生きていきます。
愛し合っていれば数年間は提供を猶予される、そんなささやかな噂に希望を持ったりはしますが、施設から脱走することもなく、保護官に逆らうこともありません。
それは、運命を受け入れる以外の選択肢を持たないからではないか、そんな風に思いました。
他の選択肢を教えようとするルーシー先生が現れても、すぐに解雇されました。自らの運命に疑問を持つようなことは教えてはならないのです。家畜に、あなたは大きくなったら殺されて、あなたの肉はスーパーで100gいくらで売られるんだよ、などと教えないように。
だからこそ、トミーの呟き「ルーシー先生が正しい」が重く感じました。
全てを知った後のトミーの慟哭、それを全身で受け止めようとするキャシーの姿に胸を打たれます。そして、ラストシーン。トミーを失った後のキャシーの行動の切なさに、涙をこらえました。


これを映画ではなく(イギリスで映画化されていますね)TVドラマにしようとするのはかなり勇気がいると思います。もっと視聴率が取れそうな娯楽作品はたくさんある中で、こんな重いテーマの作品を選ぶとは・・・製作スタッフに敬意を表し、佳い作品に仕上がることを願います。

ニックネーム: あきらパパ 投稿日:2015/06/13

確かに設定は衝撃的かもしれません。でも、この作品にある根底のテーマは特異ではないと思います。

この本を読了したのは数日前ですが、とても心を揺さぶられました。今、ようやく、こうしてレポを書けるまでに落ち着いてきました。


恐らくこの『わたしを離さないで』を読んだ多くの方々が感じたことと異なると思いますが、私・あきらパパには、この作品は、子どもから大人へと成長していく過程を綴った青春小説以外のなにものでもない、という思いがしています。
でも、いま、このように書きながら、ふと、別の思いも過ぎりました。これは青春小説なんだ、と自分に思いきかせているのではないか、と。そうしないと、この作品に施されている“衝撃的な設定”から目を背けることができなくなり、たじろいてしまうからなのではないか、と。




この『わたしを離さないで』は、「わたしの名前はキャシー・H。いま三十一歳で、介護人をもう十一年以上やっています。」で始まります。親友のルースとトミーとの関係を軸に、物心ついたとき(5,6歳、いやそれ以前)から生活していた寄宿学校ヘールシャムでのこと、ヘールシャムを卒業し、いわばモラトリアム期間を過ごすかのように過ごすことになるコテージでのこと、そしてコテージを巣立ち、自らの使命の第一歩である「介護人」として生きてきたことが、主人公キャシーの実に落ち着いた静かな語り口で回想されていきます。そこには、キャシーやルースが属していた5,6人の女の子グループのこと、何かと主導権を取ろうとするルースとの確執と邂逅、気になる男の子のこと、セックスへの興味、いわくありげな大人たちの振る舞いなどを通じて、ごく普通に子どもたちが、世界と自分との関係を少しづつ分かっていく過程がキャシーの目や経験を通じて語られていきます。


この作品、設定は全く異なりますが、あの『ライ麦畑でつかまえて』に通じるものがあるように感じました。寄宿制の高校を退学させられ、実家に帰るまでの数日間をニューヨークで彷徨いながらそれまでの出来事や心情を、西部の町に来て静養しているホールデン・コールフィールドが回想していくというところが。恐らく、著者のカズオ・イシグロ氏は、そんなことこれっぽちも意識していないと思いますが、キャシーの細部に渡る精緻な語り口は、ホールデン・コールフィールドの過激な語り口とは相反するものの、クライマックスシーンへと導くために主人公に起きた様々な出来ことを積み重ねていくストーリー仕立ては、相通じるものがあるように感じました。そうした印象もあって、この『わたしを離さないで』を青春小説以外のなにものでもない、と感じたのだと思います。


話が少し横道にずれてしまいました。


大人たちは、子どもたちがより良い人生を歩めるよう導いていきます。時には障害物を取り除き、時には有利になるであろう事柄に精を出すようハッパをかけたり、時には知らないほうがいいと思うことは、たとえ人生においてとても大切なことであったとしても、あえて教えなかったり…… 大人たちはこうして、“危険な”外の世界から子どもたちを守ろうとします。しかし、いつまでも子どもたちをイノセントな世界に閉じ込めておくことはできません。子どもたちには、子どもたちの使命があるわけですから。
今まで育ち生活してきたところとは異なる場所で新しく会う人たちとの共同生活をしていくことで、子どもたちは徐々に世界を広げていきます。そうした中、子どもたちは、自分が何者であるか、を理解していきます。そして、自分の運命、自分が果たさなければならない使命を受け入れつつ、でも、もしかしたら運命を少しだけ変えられるかもしれない、という気持ちを心のどこかに抱きながら独り立ちしていくのです。
このことは、この作品の中だけということではなく、私たちが生きてきたこの現実の世界の中においても同じことであり、私たち自身がそうやって大人になってきたのだと思います。この作品の設定が特異なものだからということではないと思います。だからこそ、私・あきらパパには、この作品が青春小説に思えてならないのです。


大人たちは、子どもたちの過酷な運命を知りつつ、そのことについて子どもたちが恐怖や反発を抱いて自暴自棄にならないよう、細心の注意を払います。その時が来れば分かることだから今は黙っていよう、と。ですが、過酷な運命が待ち受け、そこから逃れることができないのであればこそ、そのことを正しく伝え、その運命に至るまでをどのようによりよく生きるかを自ら考えさせ、考えが及ばなければ手助けしていくのが大人の役割なのではないでしょうか。
著者もそう思ったからこそ、「ルーシー先生が正しいと思う。エミリ先生じゃない」(本書417頁)とトミーに言わさしめたのではないかと私・あきらパパは思うのです。そして、トミーが荒れ狂い、喚き、拳を振り回し、蹴飛ばしたのは、そんな大人たちの偽善に対するやるせなさを表すためであり、それが痛いほどわかるからこそ、キャシーは必死になってトミーにしがみつき、しっかりと抱きかかえる、という場面を描いたのではないかと思うのです。
この場面には、心が締め付けられました。




キャシーたちは、ヘールシャムでの地理の授業で、ノーフォークをイギリスのロストコーナーだと習います。ロストコーナーには、「忘れられた土地」という意味に加え、「遺失物置き場」という意味もあります。もちろん授業では、前者の意味です。ですが、キャシーたちには、ジョークである方の“イギリスの遺失物保管所”、国中の落し物が最終的に集められる場所という意味の方にノーフォークという場所を印象づけます。
作品のラストにも、心が締め付けられます。
ルースも、そしてトミーも「使命」を終えた今、キャシーは「介護人」としての自分に一度だけ甘えを許し、用事もないのに、ノーフォークまでドライブをします。失いつづけてきたすべてのものの打ち上げられる場所、ノーフォークへ。

ニックネーム: こたろう 投稿日:2015/03/19

このテーマにこのアプローチの仕方がカズオ・イシグロらしいと思います。

言い換えるとイギリスの風土や湿度が感じられるというか、アメリカを舞台にしたらこういう展開ストーリーはなかったかなと、感じました。


たくさんの方がすでにすぐれたレポを書かれていていまさらなのですが、読んだ感想程度を書き留めておこうかと思います。
ネタバレにはなりますが、人への臓器提供のために産みだされた「クローン人間」の物語、それもクローンの側から語られた物語です。
キャシーという今は「提供者」と呼ばれる臓器を人に提供する側の介護をする仕事をしている女性、彼女もクローンとして生まれてきたわけで、いずれ臓器を提供して死んでいく立場にいます。


物語の作者らしい点はそのような社会的な問題を直接描かずに、十二・三歳ごろからの彼女の目をとうした施設での生活ぶり、友人たちのと交わりや教師とのやり取りなどを、丁寧にしっとりと描いていく、その積み重ねの向こう側にじわりと彼女たちの「哀しみ」が伝わってくる物語になっていることです。


結局、キャシーたちが育った施設「ヘールシャム」はかなり革新的なクローンたちの人格を認めて教育をした実験的な施設であり、それが結果を残さずに終焉を迎えたこと、閉鎖されたことが知らされます。
何のために教育をうけ、作品、絵画や工作などを作ったのか、という疑問が最終章近くで乾いた無機質にも思える回答として彼女たちに伝えられます。
つまり彼女の想い出のすべてがむなしい一部の人たちの偽善というか想い入れに過ぎなかったということ、が事実として残されます。


これがアメリアなどが舞台で別の作家が書いたらまったく別のストーリーになるだろうと思います。
たとえばありがちですが、クローンたちが人間の都合に左右されて生き死にすることに反発して反乱をおこして争いになるとか、手塚治さんでも心をもったロボットが自分の存在に疑問をもって立ち上がるようなお話を書かれていたような、あいまいですが記憶があります。


そうではない、淡々と置かれた立場に従い受容するだけの提供者という存在を描いて見せたことにこの作品のインパクトはあるように思います。


人間の欲はきりがなくて、不老長寿ではありませんが臓器移植やIP細胞など命を長らえる手段を探り、すこし前までは考えられないような長寿を手に入れることができました。が、今度は体の寿命は延びても脳が衰えて「痴呆」になってしまうという、そのためたいへんな手間のかかる介護に追われる皮肉な事態を迎えてしまいました

長生きはしたいけれど死ぬときはポックリ逝きたい、そう願う人間て勝手な生き物だなと、いつしか「提供者」の側にたってそう感じている自分がいます

そんな意味でもどこかすっきりしない読後感です。

ニックネーム: 705番目の宇宙 投稿日:2014/02/27

偶然にも同じテーマでした。

※本文はちょっびっとだけネタバレしています。なんの予備知識もないまま読まれたい方はご注意ください。

図書館で一緒に借りた本がたまたま同じテーマの本でした。

「KAGEROU」
齋藤智裕
「わたしを離さないで」
カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳




この文章以降は、「KAGEROU」のネタバレにもなるのでご注意ください。





どちらも「臓器移植」をテーマとした作品でした。

前者はグロテスクな描写もありますが恐怖を感じませんでした。
しかし、後者はその点、途中で悲鳴が上がりそうなほど怖かった。
二作品を読んで分かったことは「臓器移植とは必ず提供者が存在し、その提供者の未来を奪うことである」ということ。
後者の作品の登場人物たち、「提供者たち」はどこかの誰かに似ていると思ったら太平洋戦争で命を散らした日本の若者たちによく似ていると思いました。
また、そのような命を粗末にするというか、粗末にされる命があるという時代がまた到来するのかと思うと暗澹たる気持ちになりました。
日系イギリス人の作者はもしかしたら意識して書いたのかもしれません。
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