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本 魔女狩り

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本-魔女狩り
著者: 森島恒雄 (著)
定価 ¥799(税込)
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商品情報

出版社名
岩波書店
シリーズ名
岩波新書 D 20
発行年月
1979年
ISBNコード
9784004130208
版型
--
ページ数
207P
平均評価
(3.5)
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ブクレポ
1件

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森島恒雄 OFF

内容紹介

西欧キリスト教国を「魔女狩り」が荒れ狂ったのは、ルネサンスの華ひらく十五‐十七世紀のことであった。
密告、拷問、強いられた自白、まことしやかな証拠、残酷な処刑。
しかもこれを煽り立てたのが法皇・国王・貴族および大学者・文化人であった。
狂信と政治が結びついたときに現出する世にも恐ろしい光景をここに見る。

※本データはこの商品が発売された時点の情報です。

目次

1 平穏だった「古い魔女」の時代(魔女の歴史/寛容な魔女対策)/2 険悪な「新しい魔女」の時代(ローマ・カトリック教会と異端運動/異端審問制の成立とその発展 ほか)/3 魔女裁判(魔女は何をしたのか/救いなき暗黒裁判 ほか)/4 裁判のあとで(魔女の「真実の自白」/「新しい錬金術」―財産没収 ほか)

著者情報

森島 恒雄
1903‐87年。専攻、科学思想史

ブクレポ  ( ブクレポについて

ニックネーム: あきらパパ 投稿日:2017/08/11

正義を貫きすぎると狂気になる。

本書を読み終わっての率直な感想をブクレポタイトルにした。


南仏での異端運動は激化し、ローマ・カトリック教会の脅威となる。ローマ法皇・グレゴリウス9世は、1233年に教書を発布し、禁欲と清貧の生活により祈りに徹する修道士―ドミニコ修道会、フランチェスコ修道会、シトー修道会―を法皇勅任の異端審問官として派遣する。“主の番犬”となった修道会士=異端審問官は、我が意を得たりと勇躍するが、その熱心さは、瞬く間に狂信的なものとなっていく。
やがて、異端審問の過程で「魔女」の姿がちらつきはじめる。裁かれる異端者の罪状の中に魔女的な行為が挙がるようになってきたのである。魔女的な行為とは、呪術により、人を殺したり農作物を枯らしたり、また、病気を治したり農作物を保護するといった行為であり、悪を行う行為に限らず善を行う行為も含まれていた。こうした呪術を操る者を魔女と称し、男であろうと女であろうと関係はなかった。
カトリック教会は、こうした魔女に対して当初は寛容だったという。それは、魔女が宗教的な異端の罪を犯したからではなく、呪術によって人や家畜を殺したというような刑事犯的な行為だったからである。しかし、狂信的に異端撲滅に取り組む異端審問官の勢い押され、ついに法皇ヨハネス22世は1318年の教書により「いつでも、どこでも、魔女裁判を開始し、継続し、判決する十分にして完全な権能をおまえたち各自に与えるものである」(本書50頁)として魔女=魔女的な行為を行うと告発された者を「異端」として裁判にかけることを認めるのである。ここに、イングランドでは1717年、スコットランドでは1722年、フランスでは1745年、ドイツでは1775年、スペインでは1781年、スイスでは1782年、イタリアでは1791年、ポーランドでは1793年まで続く(本書201頁)「魔女狩り」が始まるのである。


この本を読むと、魔女狩りは、異端審問の延長で行われた、「政治」的なものであることがわかる。
異端審問は、カトリックによる異端派・異端者の掃討であるが、その発端は、カトリック聖職者の腐敗と堕落にあるといえる。あらゆる儀式礼典は形骸化し、免罪符や聖職の売買は当たり前のものとなり、懺悔室は女をたらしこむ密室であり、尼僧院は赤線区域となっていた(本書24頁)。こうした行為に反抗したのが「異端派」なのである。つまり、異端審問は、ローマ法皇を筆頭に、この世の春を謳歌するカトリック聖職者を「脅かす者=異端者」への弾圧であったのである。
異端審問は、単に異端者を処刑するだけにと留まらず、その財産を没収した。当然ながら、没収された財産は、異端審問官の手に渡り、ゆくゆくはカトリック教会の懐を温めることになる。
まさに、このことが、異端審問が魔女狩りへと変転し、18世紀末まで続いた真相と言えよう。金を持つ異端者が減ってきたため、その「代替財源」として魔女を異端審問に引っ張り出したのである。しかも、その審問において誘導尋問をし、手あたり次第、罪なき人々を魔女に仕立て上げたのだ。そして、魔女狩りを煽り立てたというのが法皇はもとより、国王、貴族、学者や文化人であったという。金欲しさに、主=正義の名を隠れ蓑に、「政治」的に行われ続けたのである。
本書には、裁判費用の料金表なるものが載っているが、裁判官である異端審問官への礼金だけでなく、処刑吏の手数料や火刑にかかる薪、柱に結ぶ紐の費用まで、関係者全員に行き渡るよう決められていたというのには、唖然とするしかなかった。こうして財産を没収して財貨を得るためには、捕らえた者を何が何でも魔女=異端に仕立て上げ、火刑にしなければならなかったのである。


「正義」であったとしても、それを行う者が熱心であればあるほど、いずれは狂信的となり狂気となっていくことを痛感した。

「人間は考える葦である」で有名なフランスの哲学者パスカルは、著書『パンセ』の中で、こう述べているという。「人は、宗教的信念によって行うときほど喜び勇んで、徹底的に悪を行うことはない。(本書73頁)」
「宗教」というものを恐ろしいものととらえるか、信者である「人間そのもの」を恐ろしいものととらえるか、「信念」あるいは「正義感」というものを恐ろしいととらえるか。
一番恐ろしいのは、一番最後のことではないだろうか。
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